小さな物語

日常の中で、ふっと頭に浮かぶイメージや言葉を追いかけていく…、 そこから出来上がる小さな作品です。

2022-01-01から1年間の記事一覧

No.15 秋風の心地良い頃に彼はやって来た

No.15 秋風の心地良い頃に彼はやって来た 秋風の心地良い頃に彼はやって来た。彼は親しげな顔で、窓から半分だけ覗かせ玄関の戸を叩いた。彼女は彼の顔に見覚えがあった。彼は以前、空き家だったこの家を管理していた管理人だ。彼女が玄関の戸を開けると、彼…

No.14 その日は何故か朝早く目が覚めた

No.14 その日は何故か朝早く目が覚めた その日は何故か朝早く目が覚めた。どうした訳だかいつになく清々しい気分だ。その理由に心当たりが見つからない。それでも彼女はその気分に乗って、早朝の散歩に出かけることにした。ストールを羽織って玄関を出ると、…

No.13 南に面したテラスからの眺めは開けていた

No.13 南に面したテラスからの眺めは開けていた 南に面したテラスからの眺めは開けていた。そこは雑草が茂る空き地が広がっているだけだった。空は穏やかに晴れ、小鳥のさえずりが静かな一日のはじまりを告げている。テラスのテーブルには好物のフレンチトー…

No.12 彼女はいつものように、村の食料品店で

No.12 彼女はいつものように、村の食料品店で 彼女はいつものように、村の食料品店で一週間分の食料と地元新聞をひとつ買って店を出た。地元新聞では、ペットとして飼われていた迷子のカメレオンが無事見つかったというニュースが一面を飾っていた。泥まみれ…

No.11 田舎の夜道に靴音は響かなかった 

No.11 田舎の夜道に靴音は響かなかった 田舎の夜道に靴音は響かなかった。彼女は暗くなった外を眺めながらホットココアをすすっている。都会の夜では夜更まで靴音がよく響いていたものだ。特に急ぎ足でカッカッカッと尖った音を立てるヒールの音は遠くまでよ…

No.10 陽だまりの中、無心の目を輝かせた男の子たちが 

No.10 陽だまりの中、無心の目を輝かせた男の子たちが 陽だまりの中、無心の目を輝かせた男の子たちがジャングルジムを競うように登っている。精神の自由という翼が眩しく輝いている。ジャングルジムを登った先には何もない。何もない天辺に向かって登って…

No.9 道の向こうに小さな小屋ひとつ分もありそうな大きな岩が

No.9 道の向こうに小さな小屋ひとつ分もありそうな大きな岩が 道の向こうに、小さな小屋のひとつ分もありそうな大きな岩が見えてきた。それは大地にできた巨大なコブのような姿で、あるいは天から落ちて来た小さな惑星のような姿でそこにあった。周囲は何も…

No.8 彼女はベランダに出ると飛び切り大きな伸びをし

No.8 彼女はベランダに出ると飛び切り大きな伸びをし 彼女はベランダに出ると飛び切り大きな伸びをし、朝の新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ。体中が喜んでいると感じる。幸せな瞬間だ。空は快晴、朝の静けさの中で聞こえてくるのは鳥のさえずりと風の優…

No.7 彼は不格好に膨らんだ黒くて重そうな鞄を手に下げ

No.7 彼は不格好に膨らんだ黒くて重そうな鞄を手に下げ 彼は不格好に膨らんだ黒くて重そうな鞄を手に下げ、汗を拭きながら苦しそうに歩いている。セールスマンだろうか。あの鞄の中身は何なんだろう。彼女は何気なく想像してみた。まず軽い品では無い、かと…

Appleと林檎

都会育ちだった女性が、大叔母の残した田舎家に引っ越してきた。そんな彼女のささやかな日常と、曖昧な意識の向こう側からやってくるイメージや言葉が導く、非日常の世界、不可解な世界の二重構造です。 「アップルと林檎」 No.1 彼女の小さな家の二階の北側…

麒獅々々 物語の入口

「ジェンとケイトと、ソフィーとマグノリアの物語」 qu-img.hatenablog.jp 「アップルと林檎」 qu-img.hatenablog.jp もうひとつのブログ qu-meg.hatenablog.com

No.6 散歩の途中で見つけたその店は

No.6 散歩の途中で見つけたその店は 散歩の途中で見つけたその店は、一坪にも満たない小さな店だった。そこで売られていたのは中身がたっぷり詰まったサンドイッチだ。それを作っているのは愛想が良く、少しふくよかなお腹をした初老の女将だった。女将はこ…

No.5 夜も更け、田舎の静けさは一層深まっていた

No.5 夜も更け、田舎の静けさは一層深まっていた 夜も更け、田舎の静けさは一層深まっていた。リビングのテーブルの真ん中に、高級コールガールのような、ツンっと澄ました顔をした黒い箱がひとつ置かれている。その箱に収まった魅惑的なチョコレートが「お…

No.4 染み一つない完璧さ、母がどんな人かと聞かれたら

No.4 染み一つない完璧さ、母がどんな人かと聞かれたら 染み一つない完璧さ、母がどんな人かと聞かれたらそう答えるだろう。母は几帳面な人だった。几帳面と言うより完璧主義者と言った方が正しいかもしれない。いやそれとも少し違う、完璧になりたかった人…

No.3 書斎に残された大叔母の大量の本を眺めている

No.3 書斎に残された大叔母の大量の本を眺めている 書斎に残された大叔母の大量の本を眺めている。この本を大叔母は全て読み終えたのだろうか。こんな田舎にこもり、静かに本と対話する日々を過ごしていたのだろうか。そう思うと本には大叔母の息吹が宿って…

No.2 村人はまだ彼女によそよそしく

No.2 村人はまだ彼女によそよそしく 村人はまだ彼女によそよそしく、彼女もまた村人によそよそしかった。その建物を見かけたのは村の食料品店へ買い物に出かけた日の帰り道だった。遠目に見たその建物はエキゾチックな雰囲気を持っていた。見たことのない不…

アップルと林檎-No.1 彼女の小さな家の二階の北側に

No.1 彼女の小さな家の二階の北側に 彼女の小さな家の二階の北側に、本棚で埋め尽くされた書斎がある。書斎の反対側の、南に面した寝室は日当たりも風通しも申し分なかった。二階は書斎と寝室と屋根裏の小部屋に通ずる階段があるだけだった。一階は広々とし…

ジェンとケイトの物語 no.8

大きな魚が小さな魚を食べ尽くした 大きな魚はさらに大きな魚に食べ尽くされた さらに大きな魚はさらにさらに大きな魚に食べ尽くされた 最後には巨大な魚がすべての魚を食べ尽くした 巨大な魚はもうなんにも食べるものがなくなると 自分自身を食べはじめた …

ジェンとケイトの物語 no.7

甘い香りが支配する公園の入口付近では、幸せそうな顔があちらこちらに見える。彼らは一様にクレープを頬張っている。 ジェンは言った。「あの人たち、本当に幸せそうね」ケイトがうなずく。 「本当に幸せな顔って、他人まで幸せにするから不思議」ケイトが…

ジェンとケイトの物語 no.6

「悪いわねケイト、付き合わせちゃって」ジェンとケイトは高級ブランドの店が建ち並ぶ通りの一角にある気取った店の片隅で気取った椅子に座り、漫然と店内を眺めている。 ジェンとケイトが店に入った時、店員たちは彼女らをお姫様のように歓待した。その派手…

ジェンとケイトの物語 no.5

その日は天気のはっきりしない日だった。ケイトは地下鉄のホームで電車を待っている。ケイトの前に7、8歳ぐらいの顔立ちの良い女の子がミッション系の制服を着て母の隣に行儀よく立っていた。隣に並ぶ母もまた顔立ちの良いすらっとした女性で、センスの良い…

ジェンとケイトの物語 no.4

それはすべてのものが深い闇に息を殺してうずくまる真夜中に起こった。“私とは何か、人類はどこから来てどこへ行くのだろうか”そんな疑問を持つことを自我体験というらしい。自我体験は経験する人と、一生涯経験しない人とがいるといわれる。ケイトが最初に…

ジェンとケイトの物語 no.3

「芸術家になってはいけない」ハッキリと誰かにそう言われたわけではなかった。しかし、ジェンの頭の中にはその言葉が呪文のようにこだましている。そのこだまを追っていくと遠い昔の記憶の中にある祖父の膝の上にたどり着く。祖父は既に他界している。彼は…

ジェンとケイトの物語 no.2

「ねえケイト、もし死ぬ場所が選べるとしたら、深海と宇宙とどっちがいい」ジェンがキャンパスの芝生の上で体を起こしながら言った。ケイトはジェンの隣で仰向けで寝そべり、大学の建物の先端にそびえ立つ時計台とその向こうの空を眺めていた。空にはどこか…

ジェンとケイトの物語  no.1

「ジェン、ジェン起きたの」母の声。ジェンは起きることに抵抗し、ベッドの中でもぞもぞしながら寝床の温もりをきつく抱きしめた。 「ジェン」再び母の声。ジェンはさらに起きることに抵抗を重ね、顔にかかる布団を手でまさぐり布団の端を掴むと頭の上まで引…

ジェンとケイトと、ソフィーとマグノリアの物語

ジェンとケイトと、ソフィーとマグノリアの物語は、感受性を持て余す四人の女たちの小さな物語です。 「ジェンとケイトの物語」 no.1 ジェン、ジェン起きたの no.2 ねえケイト、もし死ぬ場所が選べるとしたら深海と宇宙とどっちがいい no.3 芸術家になっては…