小さな物語

日常の中で、ふっと頭に浮かぶイメージや言葉を追いかけていく…、 そこから出来上がる小さな作品です。

マグノリアの物語 no.4

その家では何もかもが薄暗かった。人の胴回りもありそうな太さの梁が黒ずみとひび割れの痕をさらし、薄暗い部屋の天井を覆っている。梁の至る所には萎びた草や花が吊され、それらはいい香りのするものもあれば苦々しい香りや刺々しい香り、発酵臭のようなツ…

マグノリアの物語 no.3

その小さな洞窟は断崖絶壁に鎮座するヘソのようだと思った。絶壁の中腹にくり抜かれた小さな穴は、人がひとり座るには十分な広さの空間があった。その洞窟でマグノリアは荒地を耕す農夫を眺めている。これがマグノリアの新しい日課だ。マグノリアの肩では鷹…

マグノリアの物語 no.2

でっぷりとした腹の男が、左右に大きく身体を揺らしながら遠ざかっていく。男はどんなに断られても簡単にめげるような男ではなかった。マグノリアはテラスで香を焚き、夕暮れの風の中、籐の椅子に沈み込みながら男を見送っていた。 その男の心臓は誹謗中傷、…

マグノリアの物語 no.1

彼女は断崖絶壁に立ち、荒れ狂う海に覆い被さる陰鬱な空の向こうを眺めている。かれこれ二時間になる。それが彼女の朝の日課だ。彼女は鷹族である、鷹の視力は人間の500倍。鷹族である彼女は見ることで世界を理解する。 そこでは、背の低い雑草たちがゴツ…

ソフィーの物語 no.4

ジルと名付けた子犬のために、ソフィーは懐かしい町にやってきた。ソフィーがまだジルのように、この世に恐いものなど何もなかのような顔をして生きていた頃に住んでいた街だ。そこには子どもの頃のソフィーにとって、秘密基地のような特別な場所だった工房…

ソフィーの物語 no.3

私たちはこの罪からいつ自由になれるのだろう。町外れの店先のテラスでニュースサイトを見るソフィーの目に、今日も紛争のニュースが矢のように飛び込んでくる。紛争は悪化するばかりで気が重くなる。ソフィーはサイトを閉じた。 テラスの最前線で身なりのい…

ソフィーの物語 no.2

砂糖のような甘さを含んだ白いペンキで塗られた店からバターと砂糖の焦げるような香ばしい匂いが漂ってきた。ソフィーは歩きながらその幸せなそれでいて罪深そうな匂いを少しだけ楽しむと、そのまま店を通り過ぎた。白いペンキの店から少し行くと大きな扉が…

ソフィーの物語 no.1

今日もまた、曖昧な夢の中で目覚めた。このところもやもやした思いだけが残る夢が続いている。ソフィーはしばらく天井を眺めていたが、意を決し、ベットからゆっくりと起き上がった。カーテンを開けると、外はまだ夜が明け切らない薄暗さを残している。寝起…

No.15 秋風の心地良い頃に彼はやって来た

No.15 秋風の心地良い頃に彼はやって来た 秋風の心地良い頃に彼はやって来た。彼は親しげな顔で、窓から半分だけ覗かせ玄関の戸を叩いた。彼女は彼の顔に見覚えがあった。彼は以前、空き家だったこの家を管理していた管理人だ。彼女が玄関の戸を開けると、彼…

No.14 その日は何故か朝早く目が覚めた

No.14 その日は何故か朝早く目が覚めた その日は何故か朝早く目が覚めた。どうした訳だかいつになく清々しい気分だ。その理由に心当たりが見つからない。それでも彼女はその気分に乗って、早朝の散歩に出かけることにした。ストールを羽織って玄関を出ると、…

No.13 南に面したテラスからの眺めは開けていた

No.13 南に面したテラスからの眺めは開けていた 南に面したテラスからの眺めは開けていた。そこは雑草が茂る空き地が広がっているだけだった。空は穏やかに晴れ、小鳥のさえずりが静かな一日のはじまりを告げている。テラスのテーブルには好物のフレンチトー…

No.12 彼女はいつものように、村の食料品店で

No.12 彼女はいつものように、村の食料品店で 彼女はいつものように、村の食料品店で一週間分の食料と地元新聞をひとつ買って店を出た。地元新聞では、ペットとして飼われていた迷子のカメレオンが無事見つかったというニュースが一面を飾っていた。泥まみれ…

No.11 田舎の夜道に靴音は響かなかった 

No.11 田舎の夜道に靴音は響かなかった 田舎の夜道に靴音は響かなかった。彼女は暗くなった外を眺めながらホットココアをすすっている。都会の夜では夜更まで靴音がよく響いていたものだ。特に急ぎ足でカッカッカッと尖った音を立てるヒールの音は遠くまでよ…

No.10 陽だまりの中、無心の目を輝かせた男の子たちが 

No.10 陽だまりの中、無心の目を輝かせた男の子たちが 陽だまりの中、無心の目を輝かせた男の子たちがジャングルジムを競うように登っている。精神の自由という翼が眩しく輝いている。ジャングルジムを登った先には何もない。何もない天辺に向かって登って…

No.9 道の向こうに小さな小屋ひとつ分もありそうな大きな岩が

No.9 道の向こうに小さな小屋ひとつ分もありそうな大きな岩が 道の向こうに、小さな小屋のひとつ分もありそうな大きな岩が見えてきた。それは大地にできた巨大なコブのような姿で、あるいは天から落ちて来た小さな惑星のような姿でそこにあった。周囲は何も…

No.8 彼女はベランダに出ると飛び切り大きな伸びをし

No.8 彼女はベランダに出ると飛び切り大きな伸びをし 彼女はベランダに出ると飛び切り大きな伸びをし、朝の新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ。体中が喜んでいると感じる。幸せな瞬間だ。空は快晴、朝の静けさの中で聞こえてくるのは鳥のさえずりと風の優…

No.7 彼は不格好に膨らんだ黒くて重そうな鞄を手に下げ

No.7 彼は不格好に膨らんだ黒くて重そうな鞄を手に下げ 彼は不格好に膨らんだ黒くて重そうな鞄を手に下げ、汗を拭きながら苦しそうに歩いている。セールスマンだろうか。あの鞄の中身は何なんだろう。彼女は何気なく想像してみた。まず軽い品では無い、かと…

Appleと林檎

都会育ちだった女性が、大叔母の残した田舎家に引っ越してきた。そんな彼女のささやかな日常と、曖昧な意識の向こう側からやってくるイメージや言葉が導く、非日常の世界、不可解な世界の二重構造です。 「アップルと林檎」 No.1 彼女の小さな家の二階の北側…

麒獅々々 物語の入口

「ジェンとケイトと、ソフィーとマグノリアの物語」 qu-img.hatenablog.jp 「アップルと林檎」 qu-img.hatenablog.jp もうひとつのブログ qu-meg.hatenablog.com

No.6 散歩の途中で見つけたその店は

No.6 散歩の途中で見つけたその店は 散歩の途中で見つけたその店は、一坪にも満たない小さな店だった。そこで売られていたのは中身がたっぷり詰まったサンドイッチだ。それを作っているのは愛想が良く、少しふくよかなお腹をした初老の女将だった。女将はこ…

No.5 夜も更け、田舎の静けさは一層深まっていた

No.5 夜も更け、田舎の静けさは一層深まっていた 夜も更け、田舎の静けさは一層深まっていた。リビングのテーブルの真ん中に、高級コールガールのような、ツンっと澄ました顔をした黒い箱がひとつ置かれている。その箱に収まった魅惑的なチョコレートが「お…

No.4 染み一つない完璧さ、母がどんな人かと聞かれたら

No.4 染み一つない完璧さ、母がどんな人かと聞かれたら 染み一つない完璧さ、母がどんな人かと聞かれたらそう答えるだろう。母は几帳面な人だった。几帳面と言うより完璧主義者と言った方が正しいかもしれない。いやそれとも少し違う、完璧になりたかった人…

No.3 書斎に残された大叔母の大量の本を眺めている

No.3 書斎に残された大叔母の大量の本を眺めている 書斎に残された大叔母の大量の本を眺めている。この本を大叔母は全て読み終えたのだろうか。こんな田舎にこもり、静かに本と対話する日々を過ごしていたのだろうか。そう思うと本には大叔母の息吹が宿って…

No.2 村人はまだ彼女によそよそしく

No.2 村人はまだ彼女によそよそしく 村人はまだ彼女によそよそしく、彼女もまた村人によそよそしかった。その建物を見かけたのは村の食料品店へ買い物に出かけた日の帰り道だった。遠目に見たその建物はエキゾチックな雰囲気を持っていた。見たことのない不…

アップルと林檎-No.1 彼女の小さな家の二階の北側に

No.1 彼女の小さな家の二階の北側に 彼女の小さな家の二階の北側に、本棚で埋め尽くされた書斎がある。書斎の反対側の、南に面した寝室は日当たりも風通しも申し分なかった。二階は書斎と寝室と屋根裏の小部屋に通ずる階段があるだけだった。一階は広々とし…

ジェンとケイトの物語 no.8

大きな魚が小さな魚を食べ尽くした 大きな魚はさらに大きな魚に食べ尽くされた さらに大きな魚はさらにさらに大きな魚に食べ尽くされた 最後には巨大な魚がすべての魚を食べ尽くした 巨大な魚はもうなんにも食べるものがなくなると 自分自身を食べはじめた …

ジェンとケイトの物語 no.7

甘い香りが支配する公園の入口付近では、幸せそうな顔があちらこちらに見える。彼らは一様にクレープを頬張っている。 ジェンは言った。「あの人たち、本当に幸せそうね」ケイトがうなずく。 「本当に幸せな顔って、他人まで幸せにするから不思議」ケイトが…

ジェンとケイトの物語 no.6

「悪いわねケイト、付き合わせちゃって」ジェンとケイトは高級ブランドの店が建ち並ぶ通りの一角にある気取った店の片隅で気取った椅子に座り、漫然と店内を眺めている。 ジェンとケイトが店に入った時、店員たちは彼女らをお姫様のように歓待した。その派手…

ジェンとケイトの物語 no.5

その日は天気のはっきりしない日だった。ケイトは地下鉄のホームで電車を待っている。ケイトの前に7、8歳ぐらいの顔立ちの良い女の子がミッション系の制服を着て母の隣に行儀よく立っていた。隣に並ぶ母もまた顔立ちの良いすらっとした女性で、センスの良い…

ジェンとケイトの物語 no.4

それはすべてのものが深い闇に息を殺してうずくまる真夜中に起こった。“私とは何か、人類はどこから来てどこへ行くのだろうか”そんな疑問を持つことを自我体験というらしい。自我体験は経験する人と、一生涯経験しない人とがいるといわれる。ケイトが最初に…