小さな物語

日常の中で、ふっと頭に浮かぶイメージや言葉を追いかけていく…、 そこから出来上がる小さな作品です。

ジェンとケイトの物語 no.7

 甘い香りが支配する公園の入口付近では、幸せそうな顔があちらこちらに見える。彼らは一様にクレープを頬張っている。

 ジェンは言った。「あの人たち、本当に幸せそうね」ケイトがうなずく。

 「本当に幸せな顔って、他人まで幸せにするから不思議」ケイトが笑顔を見せる。

 「赤ん坊の無垢な笑顔と同じってことかしら」ジェンは向かいのベンチの傍で、ベビーカーに乗ってこちらを見ている赤ん坊に変顔をして見せた。

 「無心で下心も嘘偽りもない笑顔。大人になるとなかなか難しそうね」ジェンは再び赤ん坊に変顔をして見せた。赤ん坊は嬉しそうに笑う。何が可笑しいのかも理解しないまま。

 「店では造花みたいに笑う人たち、テレビコマーシャルでは嘘八百を並べ立てる人たち、ニュースでもフェイクが大流行」愚痴るジェンの傍でケイトは無言でどこか遠くを見ている。

 「そうね、今にはじまったことじゃないわね。でも大人になれない私はこの状況にうまく対処できない。芸術なんてやっているからかしら」ジェンは仕方ないかといった顔をして、クレープの甘い香りを脳の深くまで染み込ませるように吸い込んだ。ジェンの目線の先に広がる空は憂のない澄んだ青をしている。

 その時、ジェンは目の端に何か楽しげなエネルギーが近寄ってくるのを感じた。振り向くと3人の男子がジャレ合うのが見えた。何やら楽しげな様子。そのうちの一人の男子が得意げにバック転をして見せた。仲間の男子に囃し立てられおどけて見せる彼は小柄でスリムだった。黄色と茶のバーバリーチェックのズボンを履きこなしたお洒落な男子だった。

 そんな彼に見とれていたジェンの中で違和感のムズムズが沸き起こった。アレっ、何だろう、何か腰回りがもたついている。改めて彼のズボンを見るとズボンと思っていたものはジャケットだった。彼はジャケットの袖に細身の足を入れ、ジャケットの見頃を腰に巻つけている。その奇抜なファッションに、不覚にもお洒落と感じたジェンは好奇心に誘われ、彼のファッションチェックを開始した。

 黄色と茶色のジャケットの袖からニョキッとはみ出た間抜けな足、その足には真っ赤なソックス、その先に茶色のショートブーツ。黄色と赤と茶と、類似色でまとめている。そのせいか腰から足先までスムーズな流れだ。なかなか粋だ。腰回りはジャケットの見頃がもたついたせいで重く見える。その下に細身の袖に通ったスリムな二本の足。安定感が悪い。しかしその不安定感は重石のような厚底ブーツで解消されている。ブーツのボリュウム感がバッチリだ。

 ジェンはその独創的なセンスに心が躍る。「ヤルねー」そう言うと隣のケイトに目で合図を送る。ケイトはジェンに促され彼を見た。「彼、イケてると思わない」ジェンの言葉にケイトは笑顔を見せた。ケイトは穏やかに彼のセンスを受け入れたようだった。ジェンの心は空と同じ澄み切った青になっていった。そんな中、洒落た彼の前を数人の身なりの良い大人たちが非難や怪訝な顔をして通り過ぎて行った。やがて洒落た彼らも何処かへ立ち去った。

 ジェンとケイトはそのままベンチでのんびりしていると、向こうから華やかな女たちの一団が近づいて来た。皆一様にハイファッションで決めている。高そうなブランド品が目に付く。中でも鮮やかな配色の際立った女性は、自他ともに認めるイケてる女であることを誇示するかのようだった。ジェンは彼女らの着こなしに何故か強い違和感を感じながら眺めた。何かがチグハグ、何かが不自然と感じてならない。

 彼女たちが去った後に見えた景色は、緑の茂みに咲く色鮮やかな花たちだった。花たちはさっきの彼女たちに負けない華やかな色彩と個性的な姿で咲き誇っている。花たちはいつもながら美しい、どこまでも自然で完璧な美しさだとジェンは思った。この違いは何だろう。

 まあ、いつものことだけどマトモな大人って理解できない。ジェンの頭の中のモヤモヤが呟いた。奇抜なファッションをした彼に対してマトモな大人たちはしかめっ面したけど、私はイケていると思った。反対にセレブ雑誌から抜け出て来たような彼女らのファッションに違和感どころか不快感さえ感じている。私って変?あまのじゃく?こんな私はやっぱりママがいうマトモな大人になれそうにない…。ジェンは再び澄み切った青い空を眺めた。

 

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