小さな物語

日常の中で、ふっと頭に浮かぶイメージや言葉を追いかけていく…、 そこから出来上がる小さな作品です。

ジェンとケイトの物語 no.6

 「悪いわねケイト、付き合わせちゃって」ジェンとケイトは高級ブランドの店が建ち並ぶ通りの一角にある気取った店の片隅で気取った椅子に座り、漫然と店内を眺めている。

 ジェンとケイトが店に入った時、店員たちは彼女らをお姫様のように歓待した。その派手な歓待ぶりはふたりの居心地を悪くさせたが、ジェンが母から預かった伝票と用を伝えると店員はふたりに椅子を勧め早々に店の奥へと姿を消してくれた。そうしてふたりは今、漫然と店内を眺めている。

 店員たちは新たな客が店内に入ってくると早々に執拗な丁寧さと派手な歓待ぶりの演技を再開した。彼らの丁寧さ、親切さが際だてば際だつほど、接客が派手になればなるほど、そこに隠された計算高さが露骨さを増すようだ。とはいっても、そのあからさまな接客に酔いしれる客も少なくないのだから、その接客は正しいのかも知れない。ジェンはそんな思いで眺めていた。

 そんな中で、一人だけ屈託のない自然な笑顔で接客する店員がいた。彼女の笑顔は健康的な美しさで輝いているように見え、ジェンが見とれているとケイトもその美しさに気づいたのか、ふたりは目を合わせ頷いた。ジェンは思った。私にとって不快でたまらなく思われる偽善的な環境の中で、彼女はいったいどうやってあの健やかな美しさを保っているのだろうか。

 その時、店員が派手な紙袋を下げて店の奥から戻ってきた。ジェンは店員から母に頼まれたものを受け取りケイトと店を出る。「ねえケイト、気分直しに最近噂になっているクレープの屋台に行かない。公園の近くよ。ジェラートが美味しいらしいの」ケイトが頷く。

 しばらく歩いて行くと閉鎖的な塀が続く高級住宅街に出た。その塀は頑丈な守りの機能一色に塗り固められているように見える。ジェンはそんな高級住宅街を歩きながら思った。塀の奥の住人は塀の中の安楽に埋没し、塀の外への関心を失っているのか、良心が怠惰なのか、眠りこけているのか…。この街は一段と意地悪さ増したようだわ。

 その時ジェンの眉間にシワが刻まれ、ケイトはそんなジェンを横目で見ていた。ジェンは無慈悲なもの不誠実なものに反射的に噛みつく癖がある。政治家や企業家の言葉に四六時中噛みついている。さらに、そんな社会や組織に従順過ぎる善人にも噛みつく。「私、従順な善人なんていう窮屈なものになんかなりたく無いの」そう言って鼻息を荒くする。

 ケイトはそんなジェンの噛みつき癖の根っこにはどんなものがあるのだろうか、政治家に怒る時も善人に怒る時も、それはきっと同じ根っこから生じているのだろうと思っている。さらに、ジェンは論理的に噛みついているというより、肌感覚で噛みついているとケイトは分析する。

 ジェンはその素直な肌感覚をいつまで持ち続けられるだろうか。世間の善や正義とやらは、大概ジェンの肌感覚と合っていない。そういう自分も世間を斜めに見ている。そんな私たちふたりはマトモな大人になれないのかも知れない。ジェンならそれをどう思うだろう。ケイトは再びジェンをチラ見する。もう眉間のシワは跡形も無かった。ジェンならきっとこう噛みつくだろう。「マトモって何、マトモな大人って何、善人って何…」ケイトはそんなジェンを想像をするうち、何だかジェンが頼もしく思えてきた。

 「ケイト、ほらあそこ、あの真っ赤な屋台。ああ、クレープの甘いいい香りがしてきた。ねえ、走ろう」ケイトの耳にジェンの弾んだ声が響いた。

 

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