小さな物語

日常の中で、ふっと頭に浮かぶイメージや言葉を追いかけていく…、 そこから出来上がる小さな作品です。

ソフィーの物語 no.3

 私たちはこの罪からいつ自由になれるのだろう。町外れの店先のテラスでニュースサイトを見るソフィーの目に、今日も紛争のニュースが矢のように飛び込んでくる。紛争は悪化するばかりで気が重くなる。ソフィーはサイトを閉じた。

 テラスの最前線で身なりのいい紳士が、締りのいい腹から伸びた贅肉のない足を高らかに組ながら気取ったメガネを掛け、抜け目ない投資家の目付きでスマートフォンのニュース記事をさらっていた。彼の傍には最新のノートパソコンが黒光りしている。

 店先では年老いた主人が陳列棚の前で商品の補給をしている。床に膝を着き、枯れ枝のような身体を可能な限り折り曲げ、窮屈そうな姿勢で棚の下段に重そうな袋物を並べていた。作業着の白衣は黄ばみと汚れですっかり元の白さを失い、張りもなくしていた。袖口と裾のほつれも目立ってきていた。その白衣は主人そのものでもあるようだった。主人が重そうな袋を並べ終えると棚に掴まりながらダラダラと立ち上がり、捲れ上がった作業着の裾も膝の辺りに擦りつけられた埃も払わず店の奥に立ち去った。主人の去った後の棚にはラベルの向きもバラバラな袋が無造作に押し込まれていた。

 店奥のレジカウンターでは主人とは対照的にふくよかな女将が張りのある大きな声で電話をしていた。ニスが剥げ落ち黄金色の艶をとうに失った木製のレジカウンターの上には、分厚い台帳が広げられていた。

 店内では奥のカウンター席に町の男たちが陣取り、テーブル席には女性達が陣取っていた。男たちは恰幅のいい腹か、苦虫を噛み潰したような顔で思い思いの方を向き、女達は親密さや親しげな笑顔を持ち寄り、息のかかるほどの距離で話をしている。テーブルにはバタービスケットやマドレーヌなど馴染みのお茶菓子が並び、女たちは慣れ親しんだ味に心を和ませながら井戸端会議を楽しんでいた。

 その周りで幼い子どもたちは親を真似るように男女に分かれ、男の子たちは互いを牽制するように、女の子たちは互いに密着するように座り、テーブルの菓子に夢中になっている。ソフィーには見慣れた日曜日の昼下がりの光景である。

 彼らは集まること、おしゃべりすることに熱心だ。しかし何のために集まるのだろう、何を求めて集まるのだろう。彼らは接触を好み、争いを好む。長年彼らを観察してきたソフィーの目にはどうしてもそう見えてしまう。それがソフィーを悩ませる。

 彼らは仲間が一番大事だと言う。仲間が大事だという主張にソフィーも異論はない。しかしソフィーには時に彼らの接触は重すぎるように感じる。もたれて絡みつくような重さだ。彼らは噂話を好む。彼らの噂話には尾ひれがつき、その尾ひれにさらに尾ひれがついて噂話はどんどん盛り上がっていく。彼らの噂話に挟み込まれる誹謗中傷はかなり暴力的に見える。やがて憶測に過ぎなかった話がまるで真実のようなエネルギーを帯び、彼らは正義を下すべきだと考えだす。それはSNSの炎上と変わりなかった。

 彼らは普段いたって善人であり、彼ら自身も自分たちは善人だと信じて疑わない。「鈍感な善人ほど質が悪い」ある人が言ったその言葉が、ソフィーの観察結果を強化する。そんな場面に出会う度、ソフィーの中で黒い暴力的な感情が燃え上がってくる。目の前の不快な人々を批難と蔑みの言葉で切り刻みたい衝動に駆られてしまうのだ。

 ソフィーは暴力的な衝動から逃れるため彼らから目を逸らした。ソフィーの目線の先には重たい雲に覆われる陰鬱な空があった。その空の下では原罪の重責に押し潰されそうな、陰鬱な佇まいの教会が口を真一文字にして立っている。

 

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